2013年4月28日日曜日

意識/溶ける/somehow




やっとこ連休を手に入れた。
この数ヶ月はハードモードだったので辛かったなぁ。
辛かったかなぁ?
過ぎたことなのでもうよくわからないけれど。


最近ショートスリープなので意識の端っこが常に溶けてる感じする。
でもまぁそういうのも人生の一部で、端っこが溶けてようが溶けていまいが構いはしないというかさ。
昔はそういうのにも不安を覚えたりしたけど今は穏やかだなぁ。
この短期間でものの捉え方が大きく変わったような、私が変わるわけないような。
或いは忘れていた何かを思い出しただけなような。




いいよね、これからの季節。
全ての意識が溶けてもアリだなって思うぐらい素敵な気候だし、ビールが美味いし。

ビールもいいけど晴れた日のカフェテラスか芝生の上で、昼間っからワインを飲んでゲラゲラ笑う。
雨が降ってれば雨音だけ聞いて眠る。
たぶんその内。
そういうイメージを1つずつ溶かしていくの悪くない。
イメージなりを日常として受け入れていくの悪くないし、ゆっくりでもいいからそういう日がくれば良いと思う。



ただなんとなく 
心を包んだ左耳でのハーモニー


2013年4月20日土曜日

会話の途中ですが、ここでブログ更新のお知らせです

そういえば4月に入ってからブログを全然書いていなかった。
もちろん特に理由は無いけれど、そういえばめちゃくちゃ忙しかったのだった。

4月はだいたいいつも忙しい。
と言いながらも、うーんと過去5年ぐらいの実績しか無いけれど。

4月は桜が咲いたり様々なものが芽吹いたりでメデタイ反面、何かとても過ぎるのが早くあまり記憶に残らない月である。

5月はだいたいビールを飲んで記憶が曖昧になっているし、6月もだいたいビールを飲んでいるので記憶が曖昧になっているし7月は忙しい。
8月は暑すぎてよく覚えてないしだいたいビールを飲んでいるので記憶が以下略。

そのようにして半年が過ぎ歳を重ね秋が来て冬が来て(あぁ寒いマジで寒い寒いのは悪だ)、年が改まりまた春が来て桜が咲き様々なものが芽吹きビールを飲み記憶が曖昧になるのかと思うと、生きるというのは誠に不思議なことなんだなぁと思ったりは特にしないですけどね。



あ、そういえばこないだまたしょーこにもなく万博に行きました。
だいたい年間3,4回行ってる感じですね。

去年はなんかホタル見に行ったような気がするんですが(あ、ひとりですけど)、あれはまぁ微妙だったようななんかわかんないけど今年も行ってもいいような不思議な感じでしたけど。

春の万博と秋の万博がとても好きなんだけど、真冬の万博も嫌いじゃないです。
何にもないし、枯れてるんだけど人少ないし静かだし考え事するにはいいかなと思う。
クリスマスには、太陽の塔に3Dマッピングとかやってて素晴らしいですし。

この文章は特に意味がありません。
酒を飲んでおり、あぁブログとか全然書いてないなという理由だけで着手した暇つぶしです。
インターネットは暇つぶしに最適すぎてインターネットに潰されていく時間を感じます。


明日は13連勤の最後の日です。
もう私はゴールデンウィーク、いかにのんびり過ごすかしか考えられないんですけどあなたは如何お過ごしでしょうか。



これは何年か前の春の万博です。
ガスパビリオンたんのかわいみ。


2013年3月20日水曜日

退屈


あーあ。
こんな日は誰かとじゃんけんして負けたほうが珈琲奢るみたいな方法で切り抜けて行きたいよね。
ラッキーってそういうことだと良いんだけど。
ハッピーとかラッキーとか。



頭重いって悪だな。

2013年3月17日日曜日

春、それは猫氏が眠るある日の午前。

気分って毎日コロコロ変わるし他人を振り回すこともまぁそれなりにあるだろうけれど、いい日もあれば悪い日もあるだろうよとポジティブになれてるのは昨日切った髪型が気に入っているせいかなと思う。

髪を切るだけで気分が変わるのになぜ切らなかったのかという設問があるんです。
切れば印象も変わるし、そりゃ気分も変わるなんてわかりきっていたわけですが。
そこで登場するのが“タイミング”という言葉なんです。
キッカケというか。
いやまぁ、結論から言うと“理由”って言葉に落ち着くんですけど。

気分を変えるのにも適切な時と適切でない時があるように思うんですよ。
何か嫌なことがあったから髪を切ろうと思う。
何から手を付けたらいいかわかんないけどモヤモヤするから髪でも切るかと思う。

どっちが良いキッカケで悪いキッカケかとかどうでもいい。
あ、これ正解だわって自分で思えるかどうかというか。
結局のところ、自分をどう推し進めていくかというのは自分で決めなくちゃいけないんですよ。
星占いとか手相見てもらって誰かに何か言われる方が決めやすいって人も居るとは思うんですけど、じゃあそうしようと思うのは自分なんだから結局のところ自分で決めるしかないんですよ。
その結果どうなったって自分で決めたんだから、しょーがないんですよ。


とかなんとかハードボイルドに強くなったってね、幸せかどうかはわかんないですよ。
他人にゴチャゴチャ言われながら一緒にやってくほうがそりゃいい時もあるよね。
そろそろ髪切った方がいいんじゃない?とか言われたほうがいいかもしんないよね。
でもまぁどっちが良いとか悪いとか決めるのも自分なので、結局のところ自分というものが無いとどこへも辿り着かないんじゃないか、という仮説のもとに私は自分の人生を運用してます。
つまりそれが理想ってことなのかなと。


ところで今回髪を切ったのは単にボサボサでヤバかったからなんですけどね。
いい気分転換にはなった。




うんでもまぁ柔軟に柔軟に。
色んなことをガチガチに決めたりせずに楽に楽に。
適当に適当に。
ここだ、って時にここだって思えてそれが出来ればラッキー。
良い時もあれば悪い時もあるさね。

気分がコロコロ変わるのは正直自分でも面倒くさいし他人に迷惑かけるしうんざりすることも多いんだけども、そうやって迷惑かけあったりほっといたりを適当にやり過ごせたらいいやねぇ。

2013年3月9日土曜日

ハルウララ

虫の知らせみたいなメールを受信したバイブ音で目が覚めたんですけど、開封したら来月結婚するとの報告でした。



誰かを幸せにすると思った男の人って素敵だなぁと、他人事のように感じます。
客観的に見るとすごく身近なような感覚なんだけど、主観的に見るとまるで他人事というかさ。

結婚=幸せとは思わないけど、結婚して一緒に暮らして良い事も悪い事も一緒に体験できるって何にせよ素敵よね。憧れますね。

うーん、素晴らしい。
春や。春爛漫や。

ところで、今年の桜は早いみたいで再来週ぐらいには大阪でも咲くみたい。
去年は夙川に行ったんだけど、今年は何処に行こうかな。
カメラを持ってお散歩して、季節の移ろい儚さを記憶に留めたいものです。







2013年3月3日日曜日

生まれ変わったら、キルスティン・ダンストみたいに

男性から愛される女性になりたいですね。
なんていえばいいんでしょう、だいたいいつも不機嫌なんだけどご機嫌にされるのを待ってるしちゃんとご機嫌にしてくれる男性が近くに居る、みたいな。
キルスティン・ダンスト本人とそういうイメージは関係ないかもしれないんですけどね。
ご機嫌にされるのを待つというのはチヤホヤとはちょっと違うんですよ。
具体的にどう違うとか言われると困りますけど。
私ももう齢30を越えておりますし、いつまでも愛されるとかそういうイメージを具体的に持つのはどうかなと思ったんですけど、自分の好きなイメージを忘れると日常に弊害が出るというか、何かしっくり来ないという時になんでかわからなくなるっていうかさ。
本人の未熟さはさておき、だいたいいつも不機嫌で居られるってとてつもなく幸せな状況だよね。
何度も言いますけど、私ももう齢30越えてますし、まどろっこしい駆け引きポジションゲームとか一切ナシでお願いしたい傾向にあるにはあるし、ややこしいことがしたいとかそういうんじゃないんだけど、幸せってなんだろなーとちょっと思いまして。
春だし『素敵なイメージ』について思い出しておくかと思いまして。


とにかく私はキルスティン・ダンストが好きなんです。
インタビュー・ウィズ・ヴァンパイアで見た時からずっと好きだなぁ。
ちょっと不幸そうな所とか。
The Virgin Suicidesとかマリー・アントワネットのイメージなのかしら。 ソフィア・コッポラが撮るキルスティン・ダンストのイメージが強くあるんだと思う。


アイスブルーの瞳と八重歯ってとってもキュート。
意地悪そうに薄く笑ってる時が特に好きですね。


で何の話でしたっけ。
なんか普通のブログっぽくなってきた。
ものすごく他愛なく意味が無い短文。






アンナ・カリーナにしてもそうなんだけど、私はGIRLIEに憧れがあるのかも。
若い頃からずっと出来てないけど、誰かに対して愛嬌たっぷりに微笑んだりしたかったのかもね。

2013年2月17日日曜日

リアリズムの極致からこんばんは

やぁ久し振りだね。
僕の二月がもう終わろうとしているよ。
え?まだ11日あるだろうだって?
バーカ、あと1日しか休み無いんだから終わったも当然だろ。

こないだ東京行ってちょっと街を歩く時間があったんですけど、東京は広いですね。
あとゴミが多いのにゴミ箱が無いですね。
でも角を曲がれば文化がある感じが、やはりここは都会なんだなと思わせてくれた。
一人で生きやすい感じもした。
ただ概ね飯高すぎて不味いのでもう本当に勘弁して欲しい印象。
土地代高すぎて狭いスペースにテーブル置きすぎだろ…と、青山の某ショップ横の某オシャンカフェで、あちらのテーブルではマダムの会食、あちらのテーブルではオシャン雑誌を囲んでのMTG、などを見つめしょうもないスープを飲みながら思いました。


最近春を感じるので少しずつ元気を取り戻してきた。
やりたいことがあるので、それやりたいしみたいな。
2月前半は概ねゴミだったが、中盤から巻き返してきたな。
ただ人間性のクズ感は酷さを増し始めたように思う。
なんというか、つまらないことが多すぎる。
つまらないことに一生懸命向き合えるのは若さの特権だよなーと思ったりする。
老害かもしんないんだけど、複雑なことが苦手になってきている。
私にはやりたいことが多すぎるしやりたくないことも多すぎる。

自分たちがやってるいることが一番正しい、と思えることが強さなんだろうけれどそういうのは要らない。
まったく必要ないと私は思っているのでしばしば仕事で先輩の意見と衝突する。
だからってそこで争いになったりはしない。
私が求めてるのは相手の正しさを否定することじゃないしな。


私の部屋のどこかに、男と女はリアリズムの極致で別れる、という一文が書かれた本があるはずなんだけど何の本だったかまったく思い出せないし花粉を感じてか目がすごく痒くて痒くて今日はもう何も考えられないし何もしたくない。






何年か前の1月末に新宿御苑で撮ったやつ。lomoっぽいな。